防音のスッテプを活かして

「現代」というのは移り変わるものだから、この言葉が発せられる時代によって、その意味は変わるだろう。 一二世紀初頭の段階でいうと、ポストモダン以降の建築といえるだろうか。
ポスト・ポストモダン。 つまり、にぎやかで派手なデザインからシンプルでミニマルなデザインヘ・現代建築は、透明感や無重力がキーワードになっている。
だが、可能になるのは構造技術の工夫があるからで、テクノロジーという縁の下の力持ちが重要な役割を果たしている。 全面的にガラスを使うことも好まれている。
新しい技術を駆使して、モダニズム以上にモダニズム的なイメージを追求しているわけだ。 復習がてら、ポストモダンとは何だったのかを振り返っておこう。
二〇世紀前半に今にして思えば、ポストモダンから現代建築への転回点は、一九八九年のパリ国立図書館のコンペだったのかもしれない。 大御所が百花練乱のポストモダンのデザインを出したのに対し、当時、弱冠三六歳のドミニク・ペローが建築の姿をほとんど隠し、四本のガラスの塔のみが立つアイデアで優勝したのである。
モダニズムに回帰したかのごとき、装飾なきガラスのモニュメント。 ゆえに、本書では、九〇年代以降を現代建築と呼び、三世紀初めまで、モダニズムが過去の様式や装飾を切り捨てたことに反発したムーブメントだった。
その結果、歴史的なデザインを引用し、過剰な装飾を再導入し、地域性を強調したのである。 と同時に、理屈づけるために、現代思想をとり込み、建築論が複雑化したことも大きな特徴だった。

意味や物語が重視されたのである。 逆に現代の建築は、難しい言葉を語ることを嫌う傾向がある。
うんちくよりも、見よというわけだ。 ポストモダンの建築は、一九六〇年代に始まり、八〇年代に世界的な潮流になり、日本の場合は、バブル経済の時期と重なっていた。
したがって、その反動として九〇年代は、スクラップ.アンド・ビルドに代わり、古い建築を再生させるリノベーションが注目されるようになった。 Y本理顕の設計した広島市西消防署は、透明性をストレートに表現した建築である。
平和記念公園から路面電車に乗って、一五分ほど走った駅前で降りると、目の前に建っている。 シンプルな箱型の建築であり、四面すべてをガラスのルーバーで覆う。
鉄骨の立体格子は明快な印象を与える。 ルーバーと壁面のあいだには、屋外の廊下と階段を配し、直射日光や雨は遮るが、視線や風は通す、中間的な領域がある。
そこを移動する人の動きは外からもよく見える。 内部の吹抜けもガラスだらけで、見学テラスから講堂や事務室、訓練の様子が見渡せる。
四階の展示ロビーはガラスの床をもち、足の下が展示空間になっている。 とにかく丸見えなのだ。
Y本の透明性に対する強い信念が感じられる。 彼の手がけた埼玉県立大学や公立はこだて未来大学(99)も、重視していた。
透明性は現代社会の重要なキーワードだろう。 市民の眼から活動を隠さないこと。

商業施設でもガラスの透明建築が流行している透明性は軽さの表現でもある。 現代建築は伝統という重力圏を脱出する。
人が生涯に購入するもののなかで、住宅は最も値段が高く、最も重いものである。 当然、地震で簡単に壊れても困るから、がっしりしてないといけない。
そう、建築は重いのだ。 九〇年代の建築界は、ニューョークのMOMA(近代美術館)において「ライト・コンストラクションが、おしゃれなイメージとして消費されるものも少なくない。
だが、Y本の広島市西消防署は、あくまでも公共施設と市民の関係を考慮したうえで、透明性を追求し、揺るぎない美学にまで到達している。 システムとしての透明性というべきものだ。
ガラスの透明性だけではない。 この建物を訪問したとき、ちょうど見学中の小学生の団体が建物内を歩いており、ルーバー越しにはっきり見えたのが、ごく自然に感じられた。
それはここにいつも周辺の人たちが来ているからだろう。 筆者も受付で見学を申し出ると、快く応じてくれた。
つまり、建物を使う消防隊と設計者は同じ思想を共有している。 Y本は地域社会に溶け込むような建築をめざしたという。

本当に実現されている。 開かれた広島市西消防署は、防災の啓蒙にも役立つはずだ。
(軽い構造)」展が開催されたように、軽さがキーワードになった。 これらは実際に軽いとか、もろいというだけではなく、むしろ表現としての軽さを追求している。
まるで無重力の空間に建つかのように。 通常、建築は高くなるほど、規模が小さくなる。
だが、S島和世の小さな家は、各階ごとに大きさがばらばらだ。 またH広司の梅田スカイビルは、ハーフミラーだ。
またH広司の梅田スカイビルはガラスで覆われることで、空が映り込み、存在感を消す。 屋上の円形の空中庭園だけがはっきりと見え、高層ビルが、空に浮かぶリングに変身する。
I東豊雄のせんだいメディアテーク(曽臼)は、垂直な柱で支えるという常識を破り、重力がないかのように複数のチューブがゆらゆらと踊りくれってクいる。 また徹底的に薄い床スラブによって、建築の物質感を減らす。
一九九〇年代以降、コンピュータは性能が進化しただけではなく、設計の現場に浸透している。 では、何が変わったのか。
パソコンのモニター上では、動く建築や波打つような複雑なデザインもできる。 現実の空間では、なかなかそうはいかない。

もっとも、違うレベルで影響を与えている。 例えば、せんだいメディアテークのように、複雑な構造解析を必要とする前例のない建築が可能になった。
フランク・ゲーリーのビルバオ・グッゲンハイム美術館では、ぐにゃぐにゃの模型を立体スキャンによって三次元のデータに変換し、ばらばらの各部材の生産と連動させている。 オランダの建築家集団MVRDVは、与えられた条件をもとに、徹底的なシミュレーションを行うことで、大胆なデザインを決定している。
また情報のスクリーンのようなガラスのファサードが増えたのは、パソコンの画面がイメージの源になっているからだろう。 IT化は組織の形態も変えている。
複数の建築家が共同するユニットの活動や.ラボレーションを容易にしたのである。 S島和世十N沢立衛/SANAAの事務所出身の若手建築家、I上純也は、注目すべき作品として、二〇〇三年に二メートル×二メートル×四・五ミリという極薄の鉄製テーブルを山口県のレストランのために設計した。
ジャン・ヌーヴェルも薄いテーブルをデザインしていたが、見えにくい裏側に構造を補強するリブをとりつけていた。 I上の補強材がない。
空間の上下を真二つに分断する一本の水平線。 あまりの薄さに本当に存在するのかと、我が目を疑うようなデザイン。
観察者が地球以外の重力圏に移動したのではないそもそも近代建築は、透明性や無重力の空間をめざしていた。 軽さに関係するもうひとつの特徴として、ミニマルヘの志向性も挙げられるだろう。

だが、三世紀初頭の現代建築は、単純でありながら、同時に複雑であるようなデザインを試みている。 一方、単純なモダニズムを批判しつつ、ひたすら複雑性をめざしたのは、ポストモダンの建築だった。
ポスト・ポストモダンは違う。 単純なかたちの要素を用いて、ときには反復すること。
例えば、S島和世によるハイタウン北方の集合住宅は、奥行きのない壁のように薄い建築である。

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